2004年12月31日

ライブドア・フェニックス

プロ野球合併問題回顧(その5・最終回):結局NPB参入は果たせなかったライブドア。が、ワタシはほりえもんに「ありがとう」と言いたい。彼のお陰で12球団という数だけは維持され、マリーンズやホークス、ライオンズなどの消滅だけは避けることができたからだ。そしてもう一つ…。

今回で「回顧録」は最終回です。選手会とかナベツネとか、書きたい事は沢山ありますが来年に持ち越したくないので。とりあえず強引に終わらせちゃいます。どうせ来年になっても、檻とか孫とか読売とかがワタシに何か書かせるようなコトをしでかすのでしょうが…。で、ライブドア。球団名が「フェニックス」と決まったときは正直嬉しかったです。マリノス・フリューゲルス合併の副産物であり、ワタシの愛するJクラブである横浜FCのキャラクターがやはりフェニックスなので。死して灰の中から蘇る。合併によって殺された球団の生まれ変わりに相応しい名前です。と同時に、当時ライブドアの敗色濃厚というタイミングでもあったので悔しくもありました。そして球界にフェニックスが舞う時はついに訪れませんでした。

ただ、この結果についてだけ言えば良かったかも、とも思っています。ライブドアが球界に関わったことで本業はやっぱり圧迫されていたのではないかと思います。何しろ、落選が決まってからこのblogの投稿など、ライブドアのサービスが急に快適になりましたから。ちょっと前までは重過ぎて深夜のblog投稿はとても時間が掛かっていました。もちろん、以前の状態というのは利用者が急増した事も影響しているのでしょうが。もしライブドアが参入を果たしていたら、ワタシは今頃別のblogを探していたでしょう。

それと、ライブドアがバファローズ買収に動き出さないでいたら「第2の合併」はもっと淡々と進められ、ホークス、マリーンズ、ライオンズ、スワローズ、ベイスターズの少なくともいずれか2つが消滅していたことでしょう。加盟料の軽減が行なわれたのもライブドアの功績です。ソフトバンクはともかく、楽天が参入できたのはコレがあってのことではないでしょうか?「売名行為」との批判もありましたが、ワタシには興味のないことです。たとえ売名目的だったとしてもこれだけの成果を残してくれたのですから。

最後にもう一つ。このblog『ジユウノツバサ』が誕生したのもライブドアあってこそです。一連の騒動がワタシにblogという道具をもたらすキッカケとなったのですから。そして、様々なBlogerと意見を交わすことができた事は色々な意味でワタシにとっての財産です。その事だけでも「ライブドアにありがとう」と申し上げたいと存じます。

そして当blogをお読み頂いた全ての皆様、本当にありがとうございました。来年もどうぞヨロシクお願い申し上げます。
それでは、良いお年を。ではでは。
posted by 佐々木大悟 at 01:53| Comment(0) | TrackBack(1) | 合併問題回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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